東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)46号 判決 1974年5月29日
原告
マシーネンフアブリーク・リーター・アクチエンゲゼルシヤフト
右代表者
ウオルター・ヴアナー
マツクス・ハツトナー
右訴訟代理人弁護士
吉井参也
弁理士
青木朗
外一名
被告 特許庁長官
斎藤英雄
右指定代理人
渡辺清秀
外一名
主文
特許庁が、昭和四〇年一一月一日、同庁昭和三七年審判第一、七〇三号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三五年五月一六日、名称を「自動梳綿機」とする発明につき、一九五九年六月一日スイス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願をしたところ、昭和三七年四月一二日、拒絶査定を受けたので、同年八月一三日、これに対する審判の請求をし、昭和三七年審判第一、七〇三号事件として審理されたが、昭和四〇年一一月一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年同月一七日原告に送達された(出訴期間として、三か月附加)。
二 本願発明の要旨
タフト供給装置と、これからタフトを受入し非使用タフトを供給装置へ帰還させるため供給装置へ連絡せるタフト循環ダクトと、この循環ダクトから分岐せる複数のタフト堆積ダクトと、該タフト堆積ダクトからタフトを受入するタフト堆積ダクトの各々へ連絡する梳綿機とを有する自動維繊梳綿装置。
三 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された「外国維繊機械集」(昭和三〇年六月三〇日、日本綿業技術研究所発行)第四五頁及び第四六頁(以下「第一引用例」という。)には、タフト供給装置とこれらタフトを受け入れし、非使用タフトを供給装置へ帰還させるため、供給装置へ連絡せるタフト循環ダクトと、この循環ダクトから分岐せる複数のタクト堆積ダクトと打綿機とを連絡した装置について記載され、本願発明は、第一引用例のものにおいて、打綿機の代りに梳綿機を置き換えたものに相当し、更に、原査定において引用した昭和三四年実用新案出願公告第八、二一〇号公報(以下「第二引用例」という。)には、本願発明におけるタフト堆積ダクトに相当するタワーホッパーに梳綿機を連絡したものが示されており、このものは、タワーホッパーが請求人(原告)の主張するように空気給綿用のダクトに連絡するものではないにしても、梳綿機への給綿を従来のようにラップ巻きの状態で供給せずに、梳綿機に続く堆積ダクト(呼び名を変えればタワーホッパー)内へ堆積状態で供給するものである点において本願発明のものと一致する。請求人は、梳綿機に対して行う空気による給綿と請求人のいう機械的送りとを比較して、その効果が相違する旨主張するが、本願発明の空気による梳綿機への給綿の効果は、第一引用例において、打綿機に対して行う空気による給綿の効果と同等と認められ、本来紡績工程で空気により、すなわち空気コンベヤによりいろいろの機械に給綿することは常套手段であることを併せ考えると、第一引用例において、その打綿機を梳綿機に置き換えることにより本願発明のものとすることは、第一引用例及び第二引用例に基づいて容易にできるものと認められる。したがつて、本願発明は、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。<以下省略>
理由
(争いのない事実)
一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二本件審決は、本願発明の解釈、認定を誤り、これを前提にしてした本願発明と第一引用例との対比において判断を誤り、ひいて、誤つた結論を導いたものというべく、この点において違法として取り消されるべきものといわざるをえない。すなわち、
1 前示本願発明の要旨に本願発明の明細書特に、「発明の詳細な説明」の欄の記載、本願発明の明細書添附の訂正図面を総合すると、本願発明は、複数の梳綿機に対する空気供給方式を設け、在来の梳綿工程が不連続で複雑であつたのを排除して、連続的かつ単純化すること、材料の輸送を可能にするために従来の方式で必要としていたラップロールを生成し、梳綿機でラップロールを巻き戻す工程を排除すること及び通風装置により維繊配列の並行度を上げるだけではなく、スライバの重量の均等化を図ることを技術的課題とし(この点は当事者間に争いがないところである。)、この課題を解決するため、前示本願発明の要旨のとおりの構成を採ることにより、その目的を達したものであり、その特許請求の範囲にいう「ダクト」とは、原告主張の意味内容を有し、本願発明において、タフトはタフト供給装置からタフト循環ダクト内の空気流によりダクト内を運搬され、タフト循環ダクトから分岐したタフト堆積ダクトに達するものであり、このような空気による梳綿機への給綿により各タフト堆積ダクトにタフトを一様に保持させ、密度の均一なタフト層が梳綿機に供給される効果を奏しうるものであること、このためには、循環ダクト内及び垂直タフト堆積ダフト内のタフト輸送媒体(空気流)の圧力を周囲の大気圧力よりも高くし、垂直タフト堆積ダクトの下端に設けた間隙(空気流の逸出は許すが、タフトの逸出を許さない程度の間隙)により、タフト堆積ダクト内へのタフトの運動を増加する下向流を垂直ダクト内に生ぜしめることを必須の要件とするものであることを認めることができ、叙上認定の本願発明の技術的課題、これを解決するための技術思想、殊に循環ダクトからタフト堆積ダクト内へ空気流を生ぜしめる技術思想及び特許請求の範囲記載の文言それ自体を総合勘案すると、本願発明の特許請求の範囲中「循環ダクトから分岐せる複数のタフト堆積ダクト」の文言の意味する構成は、循環ダクトとこれにより分岐する各タフト堆積ダクトとの間は密封状態で、空気流の逸出する隙間がない構成を意味するものと解すべく、また、同じく特許請求の範囲中の「タフト堆積ダクトの各々へ連絡せる梳綿機」なる表現にいう「連絡」とは、原告主張のとおり、タフト堆積ダクトと梳綿機との間に空気の逸出を許すが、タフトの逸出を許さない程度の隙間を設ける構成を意味する趣旨と解するのが相当である。被告は、本願発明にいう「ダクト」の文言は単なる管又は導管を意味するものとし、また、本願発明の特許請求の範囲には、タフト堆積ダクトが循環ダクトから直接「分岐」すること及び「各タフト堆積へ連絡せる梳綿機」なる表現にいう「連絡」の文言が、原告主張の意味を有することにつき何ら明記されておらず、これらの点は本願発明の特徴といいえない旨主張する。しかし、明細書の特別請求の範囲の文言の意味、内容を解釈、確定するに当たつては、その文言の文字としての一般的意味内容のみにとらわれず、明細書中の他の記載部分、特に「発明の詳細な説明」欄の記載における当該発明の目的、技術的課題、その課題解決のための技術的思想又は解決手段及び効果並びに図面をも参酌して、客観的合理的に解釈、確定するを相当とするところ、この見地からみると、本願発明の特許請求の範囲中の上記の各文言はいずれも前段説示のとおり解すべきであり、この点に関する被告の主張はいずれも採用するに価しない……。
2 一方、第一引用例の構成及び作用効果が原告主張のとおりであることは被告の認めて争わないところであり、本願発明と第一引用例の右の構成とを対比するに、第一引用例において、本願発明のダクトに相当する空気流の通路としてのダクトに当たるものは、コンベヤー・パイプ(M)であり、第一引用例におけるコンベヤー・パイプ(M)とその下方に設けられたデリベリー・ロール(G)、NO.11エキストラクター(O)及びベルトコンベヤーにより綿を輸送するレーキ・デイストリビユーター(N)は、本願発明の循環ダクトとは構成を全く異にするものというべく、その結果、本願発明においては、循環ダクトから分岐した各タフト堆積ダクトへ、ダクト内を通る大気圧より高圧な空気流により、タフトを一様に保持させ、密度の均一なタフト層が梳綿機に供給される効果を奏するに対し、第一引用例においては、このような技術思想を欠き、効果もおのずから異なることは叙上の両者の奏する効果を対比することにより明らかであり、これを覆す資料はない(なお、成立に争いのない甲第八号証に示された第二引用例のものにおけるタワーホッパーへのタフトの供給は、タフトの自重によるものであり、本願発明のタフト堆積ダクトのそれとは効果を全く異にするものである。)。したがつて、本件審決が第一引用例に本願発明の循環ダクトに相当するものがあり、本願発明をもつて、第一引用例の打綿機を梳綿機に置き換えたものに当るとしたことは、両者の対比につき判断を誤つたものというべきである。なお、被告は、第一引用例のレーキ・デイストリビユーターに換えてこれと同等の作用効果を有する空気コンベヤーを用いることは常套手段であり、当業者の容易になしうる程度のことというべく、また、一つの供給源から同一機能を有する数個の梳綿機に導管を用い空気により給綿する装置も常套手段である旨主張するが、叙上前段の主張については、被告挙示に係るこの点の証拠である乙第四号証(その成立に争いがない。)は、本願発明の第一国出願日後に国内に頒布された資料であることは同号証の記載自体に照らし明らかであるから、被告の右主張を証する資料といい難く、また、叙上後段の主張については、この点に関する被告挙示の成立に争いのない乙第五号証のみから、被告主張の事実が直ちに周知に属したものと認め難いのみならず、同号証は、その技術内容からみても、本願発明が空気給綿により企図したような前認定の技術思想を有するものとは到底認めることができない。したがつて、被告の叙上主張は、いずれも採用しうる限りでない。
(むすび)
三以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(三宅正雄 武居二郎 秋吉稔弘)